8.「Vanishing」と地球
理沙は小さく息を吐いた。
一瞬だけ視線を落とし、頭の中で状況を整理する。それから制御パネルに触れ、今回のテストで取得されたモニターデータ一式を、
手元のフラットパネル端末へとダウンロードした。転送は問題なく完了する。
端末を持ったまま、理沙は体をゆっくりと回転させる。無重力の中で、余計な力を使わずに向きを変え、背後にある小さな窓のそばへと移動する。
窓の前で姿勢を整え、端末のメール画面を開く。宛先はカダラシュの技術チーム。依頼内容は簡潔だった。テスト中断の理由、確認してほしいポイント、
そして補足事項を数行でまとめ、モニターデータを添付する。確認を終え、そのまま送信する。
送信完了の表示が出た直後、BGMとして流れていた「Vision of Love」が終わる。
音楽が消え、中央制御室には再び空調のエアフロー音だけが残る。
理沙は端末を胸の前に固定し、目を閉じた。しばらくの間、何も操作せず、ただ静かに考える。その沈黙の中で、次の曲のイントロが流れ始める。
マライア・キャリーの「Vanishing」。
控えめな音が空間に広がった瞬間、理沙は何かに気づいたように目を開ける。窓の外へと視線を向ける。
そこには、係留された作業プラットフォームの構造物が浮かんでいる。その向こう側、さらに遠くには、約三十二万キロ離れた場所にある地球の姿があった。
青と白の境界ははっきりとせず、静かにそこに存在しているだけだった。