「Shangri-la」では、その後も日々は変わらず続いていた。
恵梨香のナンバー1の地位は揺るがなかった。
売り上げ、人望、立ち居振る舞い。どれをとっても隙がない。
他のキャストたちにとっては、憧れに近い存在だった。
だが、それが嫉妬や対立に変わることはなかった。
むしろ、目指すべき目標として、店全体の空気を底上げしているようにも見えた。
その中で、理沙も着実に数字を伸ばしていた。
売り上げ順位は、だいたい5位から10位の間。ナンバー1には遠いが、安定している。
ある月、理沙はオーナーから特別賞を受けた。
週3日の出勤でありながら、1日あたりの売り上げは恵梨香に迫る水準だった。
その話を聞いた彩名は、軽く笑って言った。
「もう昼の仕事、やめてもいいんじゃない?」
理沙は少し考えてから首を振った。
「……まだいいかな」
店の収入の方が多いことは分かっている。
それでも、昼の仕事を手放す気にはなれなかった。
技術を身につけること。外の世界に触れておくこと。
理由は、はっきりしているわけではない。
ただ、なんとなく、まだ離れるべきではないと思っていた。
そして、給料日。
朝、理沙はいつものように口座を確認した。
振り込みは――なかった。
画面を見直す。もう一度確認する。
それでも、数字は変わらない。
その時、スマートフォンが震えた。彩名からだった。
メッセージは短かった。
「店の口座、空になってる」
続けて、すぐにもう一通。
「今すぐ来れる?」
文章は簡潔だったが、そこに滲む焦りは隠しきれていなかった。
理沙は会社に連絡を入れ、急用で休むとだけ伝えた。
それ以上の説明はしなかった。
そのまま「Shangri-la」へ向かう。
昼の街は、いつもと同じように動いていた。
だが、その中を歩きながら、理沙の足取りだけが少し速くなる。
店に着くと、すでに中は慌ただしかった。
バックヤードで、彩名がパソコンの画面を見つめている。
イヤホン越しに、銀行の担当者と話していた。
「……はい、確認しています。ええ、すべてですか?」
声は落ち着いているが、言葉の端がわずかに硬い。
その横では、別の端末でオーナーへの報告が続けられている。
理沙は近づいた。
彩名は一瞬だけこちらを見て、うなずいた。
「来てくれて助かる」
それだけ言って、すぐに画面へ視線を戻す。
状況は単純だった。
店の口座にあるはずの資金が、すべて消えている。
原因はまだ特定できていない。
だが、時間はない。
中国本社への送金。
キャストへの給料。
業者への支払い。
すべてが止まる。
理沙はその場で、できることを探した。
「何すればいい?」
彩名は短く指示を出した。
「連絡回して。キャストと黒服、全員」
理沙はうなずき、すぐに動いた。
一人ずつ連絡を入れていく。応答はまちまちだったが、ほとんどはすぐにつながった。
ただ――
恵梨香と、黒服リーダーの阿久津。
その2人だけが、つながらなかった。
何度かかけ直す。メッセージも送る。
既読はつかない。
理沙の指先が、わずかに止まった。
背中に、冷たいものが走る。
そのまま、彩名のところへ戻る。
「……恵梨香と阿久津さん、連絡つかない」
彩名の手が、ほんの一瞬止まった。
「そう」
それだけ言った。
だが、表情が変わる。
さっきまでの焦りとは違う、別の種類の緊張がそこに浮かぶ。
オーナーからの連絡が入る。
「送金、どうなってる?」
短い言葉だったが、圧は十分だった。
彩名は端末を切り替えながら応じる。
「確認中です。すぐ報告します」
声は落ち着いていた。
だが、その内側で何かが崩れ始めているのは、理沙にも分かった。
給料が払えない。
仕入れも止まる。
店の信用が崩れる。
そのすべてが、同時に起きている。
そして。
この状況を作れる人物は、限られている。
理沙は何も言わなかった。
彩名も、何も言わない。
ただ一つの可能性が、二人の間に、言葉にならないまま浮かんでいた。
それを、彩名はまだ受け入れていなかった。
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