001_19_新しい店で(4)

ステージを降りて席に戻ると、黒服がすぐに近づいてきた。

「テーブル、移動お願いします」

短く言う。
理沙はうなずいた。

「どちらですか」

黒服が視線で示す。
入口側の席。
湯浅が座っている。

理沙は一瞬だけ、言葉を選ばなかった。

「……分かりました」

若社長の席に向き直る。

「すみません、少し外します」

社長は軽く手を振った。

「大丈夫」

理沙は立ち上がる。
その前に、彩名の方へ近づいた。客の横に立つ。
自然な動きで、声を落とす。

「湯浅、来てる」

彩名の視線が、わずかに動く。
驚きが一瞬だけ浮かぶ。
すぐに消える。

「……そう」

それだけ言う。

理沙はそれ以上何も言わず、席を離れた。
湯浅のテーブルへ向かう。
途中で、彩名も動いた。

客に一言添えて、席を外す。
湯浅の前に立つ。

「久しぶり」

短く言う。
湯浅が顔を上げる。

「ああ」

それだけ返す。
2人の間に、短い間がある。

「元気そうで」

彩名が言う。

「まあね」

それで会話は終わる。彩名は深く入らない。
それ以上の言葉も、置かない。

理沙に一度だけ視線を向ける。
何も言わない。
そのまま席を離れた。

残されたのは、2人だけだった。

理沙は向かいに座る。
グラスが運ばれてくる。氷が触れる音がする。

「……歌、久しぶりに聴いた」

湯浅が言う。

「そう」

理沙は短く返す。
それ以上、続かない。少しだけ沈黙が続く。

「店、どう?」

湯浅が聞く。
理沙はグラスに触れたまま答える。

「まだ、慣れてない」

「前と違うし」

「うん」

湯浅がうなずく。
それだけだった。話題が、広がらない。

装飾のこと。酒の種類。客層の違い。
言葉は出る。

だが、どれも浅い。
どこにも触れていない。

理沙は、それを自覚していた。
埋めようとはしなかった。
湯浅も、同じだった。

「Vanishing」

湯浅が、少し遅れて言う。
理沙が顔を上げる。

「……良かった」

それだけだった。
評価でも、感想でもない。ただ、事実のように置かれる。

理沙は、うなずいた。
それ以上は聞かない。

時間が過ぎる。
一時間ほど。

同じような会話が続く。
途切れないが、深くもならない。

「また、行くよ」

湯浅が言う。

「白河」

理沙は少しだけ間を置いて、うなずく。

「うん」

それで決まる。
約束というほどのものではない。ただ、次があるという確認。

2人は席を立つ。
別々の方向へ歩く。
振り返らない。

理沙はフロアに戻る。
音と光の中に戻る。
さっきまでの高揚は、残っていなかった。

どこに消えたのかは、分からなかった。
ただ、戻らなかった。



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