001_20_言えない悩み(1)

時間が経つにつれて、店の中での位置は変わっていった。

名前を呼ばれる回数が増える。席に着く時間が長くなる。

理沙も、彩名も、
いつの間にか数字を持つ側に入っていた。

目立つ。
それだけで、空気が変わる。
ママの視線が、外れなくなる。

理沙は、その視線を正面から受けていた。

緩まない。
崩さない。
それでいいと思っていた。

指摘はある。
だが、範囲の中に収まっている。
修正すればいい。それだけだった。

彩名は違った。
同じ場にいて、同じように数字を出している。
それでも、扱いが違う。

仕草。
言葉の選び方。
間の取り方。

細かいところで止められる。

「今の、違うよね」

短く言われる。理由は説明されない。
彩名は何も言わない。
ただ、うなずく。

そのまま戻る。それが繰り返される。

営業が終わる。
全員が揃う。

ママが前に立つ。
その日の流れを、短く振り返る。

良かった点。
悪かった点。

順に並べていく。

途中で、彩名の名前が出る。一度では終わらない。
重ねて言われる。
具体的な指摘が続く。

内容は細かい。
だが、線がある。必要以上に踏み込んでいる。
理沙はそれを聞いていた。

視線を上げない。表情も変えない。
それでも、分かる。
やりすぎだと思った。

周囲の空気が変わる。
他のキャストの視線が集まる。
直接は見ない。

だが、向いている。言葉は出ない。
代わりに、別の場所で出る。

小さな声。

笑いを含んだ息。
聞こえるか聞こえないかの距離で交わされる。

彩名は反応しない。
その場では、何も言わない。

一度だけ、言いかけたことがあった。
別のキャストとの間で。
声が少しだけ強くなる。
理沙が間に入る。

「いいから」

短く言う。それで止まる。
そのあと、何も残さない。

営業が終わる。
片付けが進む。
人が減っていく。

名前を呼ばれる。

「彩名」

ママの声だった。
彩名は顔を上げる。

「ちょっと来て」

それだけ言う。
彩名はうなずく。理沙の方を見ない。
そのまま歩く。

VIPルームの扉が閉まる。中の音は聞こえない。
時間が過ぎる。

どれくらいかは分からない。
人はもう、ほとんどいなかった。

扉が開く。彩名が出てくる。
歩き方が、少しだけ遅い。
顔色が落ちている。
視線が定まらない。

それでも、止まらない。

理沙の横を通る。一瞬だけ、目が合う。
何も言わない。
そのまま、通り過ぎる。

手が、強く握られている。爪が食い込むほどに。
理沙は、その手を見た。

声はかけなかった。

かける言葉も、浮かばなかった。
ただ、そのまま見送った。



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