001_23_西日が差している(1)

夏の終わりの光が、ゆっくりと沈んでいく。

ベランダの手すりに寄りかかりながら、理沙は缶ビールを口に運んだ。
ぬるくなりかけた味が、舌に残る。

風は弱く、空気はまだ重い。
遠くで、車の音だけが続いている。

何も考えていないようで、何かが引っかかっている。
そのまま、時間だけが過ぎていく。

半月ほど前の夜を、思い出す。
「白河」で、湯浅と話した。
バンドを、またやると言っていた。

昔のように。

好きな曲を、もう一度ちゃんとやると。

その話を聞いたとき、理沙は少しだけ笑っていた。

そのまま、話は続いた。
「せっかくだし、オリジナルもやりたいんだよね」
軽く言った。
特別な意味はないように聞こえた。

「詞、書いてみない?」

そのまま、こちらを見る。冗談のような調子だった。
理沙は、少しだけ間を置いてから、うなずいた。

「……やってみる」

そのときは、それでよかった。
難しく考えていなかった。
今も、紙は用意してある。ペンもある。
何度か、書こうとした。

言葉を並べる。
すぐに消す。
残らない。形にならない。

恋愛の曲でいいと言われた。
それが一番分かりやすいからと。

理沙は、それをそのまま受け取った。

だが、書こうとすると止まる。
経験がないわけではない。
ただ、掴めるものがない。
思い出しても、輪郭が曖昧だった。強く残っているものがない。
そのまま言葉にすると、軽くなる。

どこかで聞いたような形になる。それでは、意味がない。
書いては消す。
繰り返す。
進まない。

缶を持ったまま、空を見る。
色が変わっていく。
さっきまでの明るさが、ゆっくりと落ちていく。
建物の影が、少しずつ伸びる。

頭の中も、同じようにぼやけている。
何を出せばいいのか、分からない。
考えているはずなのに、形にならない。

時間だけが過ぎる。気づけば、空は暗くなり始めていた。
理沙は缶を置く。
手すりに軽く触れる。

そのまま、視線を落とす。
ふと、ひとつの断片が浮かぶ。

形にはなっていない。言葉でもない。ただ、残っているもの。
消えなかったもの。

理沙は、それをそのまま見ていた。



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