001_24_西日が差している(2)

数日後、理沙は「白河」に来ていた。

扉を開けると、いつもの空気がある。音も、匂いも、変わらない。

カウンターに座る。言葉は交わさない。
グラスが置かれる。
一口だけ飲んでから、バッグに手を入れる。

折りたたんだ紙を取り出す。カウンターの上に置く。

「……これ」

湯浅が手を止める。紙に視線を落とす。
開く。

理沙は、特に何も言わない。少し間があってから、口を開く。

「タイトル、“西日が差している”」

説明する調子だった。感情は乗せない。
湯浅は紙を見たまま、聞いている。

「ある人がいて」

理沙は続ける。

「ずっと、言えなくて」

「言おうと思っても、そのままになって」

言葉は整っている。選ばれている。
だが、強さはない。

「気づいたら、時間だけ過ぎてて」

グラスの中で、氷が小さく鳴る。

「ある日、いなくなる」

理沙はそこで一度言葉を切る。
視線は、紙の上に落ちたままだった。

「そのあとで、やっと分かる」

短く言う。

「言っておけばよかったって」

それ以上は続けなかった。
湯浅が、紙から顔を上げる。
理沙を見る。
何も言わない。理沙も、視線を上げない。
少しだけ間がある。

「女の人の視点で書いてる」

理沙が付け足す。
事務的だった。

「そのままだと、歌いにくいと思うから」

もう一枚、紙を出す。横に並べる。

「こっちは、男の側に変えてる」

言い回しが少し違うだけだった。構造は同じ。
湯浅は2枚を見比べる。

「どっちでも」

理沙は言う。

「使いやすい方で」

それで終わりだった。
理沙はグラスに手を伸ばす。

一口だけ飲む。味は、さっきと変わらない。
湯浅はまだ紙を見ている。

指で、軽く端を押さえる。視線は動かない。
理沙は、その様子を見ていなかった。
ただ、グラスの中を見ていた。



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