その夜、理沙は仕事を抜けた。
時間はぎりぎりだった。
店の空気を背中に残したまま、外に出る。
街は、いつもより明るかった。
人の流れに逆らいながら、目的の場所へ向かう。
小さなライブハウスだった。
入口で名前を確認され、中に入る。
空気が変わる。
熱と音が、まとまって押し寄せる。
まだ余裕はある。
だが、時間が経つにつれて人が増えていく。
気づけば、隙間はほとんどなくなっていた。
人の肩が触れる距離で、立つ。照明が落ちる。
音が鳴る。
ライブは、すでに始まっていた。
理沙は、少し後ろの位置にいた。
ステージ全体が見える。
視線を固定する。何も考えないようにする。
それでも、体の奥が少しずつ上がっていく。
2組目が終わる。短い転換の時間。機材が入れ替わる。
理沙は、無意識に手を握っていた。
指先に力が入る。
ほどかない。
3番目のバンドが呼ばれる。
湯浅の姿が見える。ステージに立つ。照明が当たる。
位置を確認する。
その動きが、少しだけ違って見えた。
音が鳴る。
最初の曲が始まる。知っている曲だった。
観客の反応が早い。
手が上がる。
声が混じる。
リズムが合う。
理沙は、その中で動かなかった。ただ、見ている。
2曲目も続く。流れは崩れない。
空気がまとまる。
3曲目。
湯浅が前に出る。ギターを持っていない。そのまま体を揺らす。
観客の間に、笑いが起きる。
次の瞬間、音に合わせて動き出す。
エアギターだった。
以前、見たことがある。
山下公園で。
あのときよりも、無駄がない。動きが揃っている。
一つ一つが、はっきりしている。
観客の声が上がる。手が叩かれる。
空気が、一段上がる。
理沙は、それを見ていた。視線を外さない。
曲が終わる。
音が切れる。
拍手が続く。
湯浅がマイクを取る。息を整える。少しだけ笑う。
「次、オリジナルやります」
声は落ち着いていた。
理沙の中で、何かが動く。
バンドメンバーの名前が呼ばれる。
1人ずつ、紹介される。
短い言葉。無駄がない。
続けて、曲の話になる。
「ちょっと、重いかもしれないけど」
軽く言う。
客席に、小さな笑いが混じる。
「でも、ちゃんと届けばいいなと思ってます」
それだけだった。
理沙は、息を止めていた。照明が少しだけ変わる。
空気が、静かになる。
イントロが流れる。
最初の音。
それを聞いた瞬間、理沙の中で何かが揃う。
音と、言葉と、時間。
すべてが、ひとつに重なる。
理沙は、そのまま前を見ていた。
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