001_28_クリスマスの夜のサプライズ(3)

イントロが、途中で止まった。一瞬、空気が揺れる。
湯浅がマイクを握り直す。

「……もう一人、紹介します」

観客がざわめく。
予想していない流れだった。
理沙は、そのまま立っていた。動かない。

「今日、この曲を書いてくれた人で」

言葉が続く。
客席の視線が、ゆっくりと広がる。

「女性ボーカルです」

湯浅が、こちらを見る。
目が合う。そのまま、手を上げる。
小さく、手招きする。

理沙は、すぐには動かなかった。

足の感覚が、少しだけ曖昧になる。
周囲の音が、遠くなる。
さっきまでの高揚が、形を変える。別のものに、変わる。
一瞬だけ、別の光景が浮かぶ。

夕方の部屋。
手すりにもたれて、缶ビールを持っていた。
何も決まっていない時間。
何も形になっていない言葉。
それが、頭の中をかすめる。

すぐに消える。
現実の音が戻る。ざわめきが大きくなる。
誰かが気づき始めている。

視線が集まる。

湯浅が、もう一度手を動かす。
理沙は、息を吸った。そのまま、前に出る。

人の間を抜ける。道ができる。肩が触れる。音が近づく。
ステージの段差が見える。
足をかける。
上がる。

照明が、強くなる。視界が少しだけ白くなる。
拍手が起こる。
歓声が混じる。

理沙は、その中で立ち止まる。

一度だけ、頭を下げる。
顔を上げる。湯浅が隣にいる。距離は近い。

だが、さっきとは違う位置だった。

理沙はマイクを受け取る。手に重さが乗る。

「……理沙です」

短く言う。それ以上は続けない。

湯浅が、わずかにうなずく。
音が、もう一度流れる。イントロが戻る。
さっきと同じはずの音が、少し違って聞こえる。

理沙は前を向く。

客席は、暗い。顔ははっきり見えない。だが、視線は分かる。
その中に、立っている。
逃げる理由は、残っていなかった。

最初の言葉を出す。

静かに。声は、震えなかった。
音に乗る。言葉が、前に出る。

「西日が差している」

女性側の歌詞。
そのまま、流れていく。

理沙は、止まらなかった。



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