001_29_女帝と呼ばれる位置に立つ(1)【あらすじ】

店内に理沙の歌声が静かに広がっていく。
「Vanishing」は何度も歌ってきた曲だったが、その夜の声は以前とは少し違っていた。
高くも強くもないのに輪郭がはっきりしており、理沙が照明の下をゆっくり歩き、客席に視線を向けるたび、店の空気が少しずつ変わっていく。
会話は減り、グラスを置く音も遅れ、フロア全体が理沙の声に引き寄せられていく。
理沙自身も、その空気を支配しているわけではないが、確かにその中心に立っていることを感じていた。
やがて視線の先に、離れたボックス席に座る彩名の姿が入る。
彩名は客と話すでもなく、グラスに手を伸ばすでもなく、ただ理沙を見つめていた。
その視線を受けた瞬間、理沙の歌はほんの一拍だけ遅れる。
しかし彼女はすぐに立て直し、目を逸らさずに歌い続ける。彩名の視線の重さを抱えたまま、理沙は最後のフレーズへ向かっていく。



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