001_31_女帝と呼ばれる位置に立つ(3)

営業が終わる。

人が引き、音が消える。名前を呼ばれる。

「彩名」

振り返る必要はなかった。声の方向で分かる。

「来て」

短い指示だった。
彩名はうなずく。そのまま歩く。
VIPルームの扉が閉まる。

外の気配が切れる。

中は、静かだった。
ママが座っている。姿勢は変わらない。
視線だけが動く。

「座って」

彩名は向かいに座る。
距離は近い。だが、触れない。
間がある。

ママが口を開く。

「最近、いいね」

声は低い。抑えられている。

「数字も伸びてるし」

「接し方も、変わった」

評価だった。余計な言葉はない。
彩名はうなずく。

「ありがとうございます」

それだけ返す。

ママは、しばらく彩名を見る。
視線が外れない。測るような目だった。

「このままいけば」

言葉を区切る。

「上、行けると思うよ」

具体的な位置は言わない。だが、意味は分かる。
彩名は、何も言わない。
そのまま聞く。

ママは続ける。

「店、引っ張る側に回れる」

「そういう形もある」

提案ではない。確認でもない。事実の提示だった。
彩名は、そのまま受け取る。

言葉にはしない。だが、理解していた。
その位置。
この店の中で、上に立つ側。他のキャストを動かす側。
いずれ、そこに立つ。

その前提で話されている。

ママが、わずかに息を吐く。

「その上で」

声の温度が変わる。
少しだけ、落ちる。空気が締まる。
彩名は、視線を外さない。

その瞬間、別の光景が浮かぶ。

照明の落ちた空間。
「Shangri-la」のVIP席。
恵梨香が、向かいに座っている。
グラスを持つ手が、少しだけ止まっていた。

彩名は、あのときも同じ距離で座っていた。
言葉を選んでいた。

「気をつけた方がいい」

直接は言わない。形を変えて、置く。
関係を断つように。
遠回しに。

恵梨香は、すぐには答えなかった。
視線を外す。
少しだけ、笑う。

理解していないわけではない。
だが、受け取らない。その選択だった。

空気が、そこで止まる。
戻らない。
そのあと、流れが変わった。

阿久津の視線が、揺れる。均衡が崩れる。小さな綻びが、広がる。
止めるものは、なかった。
やがて、2人は消えた。

何も残さず。
理由も、言葉も、残さず。ただ、いなくなった。

視界が戻る。

目の前に、ママがいる。
同じ距離。
同じ位置。
同じ構図。

彩名は、瞬きをしない。
そのまま、視線を受ける。何も言わない。

待つ。

ママが、次の言葉を置くのを。



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